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楽只軒は、後水尾上皇の皇女・光子内親王のために1668年(寛文8年)造営されました。書院造の客殿は、1668年(寛文8年)頃別な場所で造営されましたが、1677年(延宝5年)に移築されたものです。
これらの建物は上皇の死後、林丘寺(りんきゅうじ)という寺に改められました。

1885年(明治18年)、楽只軒(らくしけん)と客殿を含む、林丘寺境内の約半分が宮内省に返還され、修学院離宮の一部となりました。
なお、林丘寺は門跡尼寺として今も存続しています。

客殿一ノ間の霞棚は、桂離宮の桂棚、醍醐寺三宝院の醍醐棚とともに「天下三棚」の一つとして知られます。
 
 
赤松の並木道
明治23年(1980)までは、棚田の中の畦道だったのを、馬車が通れる赤松の並木道へと変えられた。
   
 
 
別れ道のパノラマ
修学院離宮のほぼ中央に位置します。

ここで、上中下の各御茶屋へ通じる分かれ道となります。

東山方面の山々と棚田が見通せる、落ち着いた田舎の田園風景となっています。
   
 
棚田
山荘の周辺に田園風景を取り入れることは、後水尾上皇の壮大な構想のうちの重要な項目でした。
   
 
中門
かつて林丘寺へ入るための一つの門でした。

   
 
巨大な樹木
桂離宮は完璧に人間の手が加わって調和のとれた庭園ですが、修学院は人の手を加えた所と自然を残した部分が分かれています。

この木は自然のままで、桂離宮では見られない針葉樹の巨木です。
   
 
中御茶屋庭園
客殿の西側の庭園です。

植栽は自然な景観を重視しているようで、鬱蒼とした森の中を歩く気分となります。
   
 
池の周辺
地面が見えないくらい豊かな植栽に圧倒される景観です。
   
 
池と客殿
客殿の切妻が見えるだけですが、自然と建物が高度に調和した景観です。
   
 
池を跨ぐ石橋
森の中のしっとりとした湿度と冷気が感じられるような、静かな雰囲気を味わえます。
   
 
石橋
橋は思ったより長く、大きな一枚岩でできています。

池面があまり見えないくらい草木がせり出して生えています。
   
 
織部燈籠
樹木の下で湿度が保たれるため、笠には厚く苔が生しています。

角柱部には、ラテン文字やマリア像が見られます。
   
 
石橋
織部燈籠わきの石橋です。

小川には水がありませんでした。川底の敷石を良く見ることができます。
   
 
杉戸絵
この戸は、客殿の北西角と楽只軒の南東角をつなぐ階段へ通じる杉戸です。

この祇園祭の山鉾の杉戸絵は、江戸初期の狩野外記の筆とされています。
   
 
網干の欄干
客殿は板縁に囲まれており、所により網干の欄干という手すりが設置されています。

手前の板縁は、長年の風雨で朽ち始めています。
   
 
霞棚
客殿一ノ間の霞棚は、桂離宮の桂棚、醍醐寺三宝院の醍醐棚とともに「天下の三名棚」の一つとして知られます。

欅板を霞がたなびくように配置されています。

壁面には金の砂子を散らして、雲のような形にしています。
   
 
一の間
床の間と襖の下部には、群青と金箔の市松模様が見られ、宮廷風の華やかさをたたえています。
   
 
二の間と三の間
二の間を通して三の間まで見られまます。

襖や壁には金粉を散らした豪華な絵を見ることができます。
   
 
鯉の杉戸絵
この杉戸絵には、網も描かれています。

鯉が夜ごとに抜け出して池で泳ぐので、網を描かせたという伝説が残っています。

網が一部切れているように描かれているのが面白いところです。
   
 
一の間への上がり口
石の形・色とその配置が絶妙です。
   
 
客殿の南側
手前が二の間・次が一の間です。

上の写真の置石が見えます。

深い廂と、板縁が客殿の特徴的です。

板縁はぐるりとほぼ建物の周りを取り囲んでいます。
   
 
がれ
客殿東側の林丘寺との境にあるがれです。

山奥によくある、ガレ場(がれ)に良く似ています。
自然に似せて、芸術的に、わざとらしくなく積むのは難しいことと思います。

   
 
網干の欄干
手摺を支える斜めの木組は、漁師が網を干している景観を象徴していることから、この名が付けらています。
   
 
石垣
上に見える客殿と楽只軒は、この石段の分高低差があります。
楽只軒は下の地面と同じ高さになります。
   
 
一の間
右の床には吉野の桜が描かれ、吉野の間とも呼ばれます。

上の扁額には「楽只軒」と書かれ、後水尾上皇の真筆です。

   
 
吉野の桜
一の間の床と左壁の張り付きに描かれるのは、吉野山の桜です。

狩野探信(探幽の子)の筆です。
   
 
楽只軒
瓦葺、柿庇で、壁は赤みのある土壁となっており、簡素なつくりです。
   
 
菊の紋
軒丸瓦には菊の紋が彫刻されています。
   
 
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